2005年(平17)の映画「バッシング」などで知られる、映画監督の小林政広(こばやし・まさひろ)さんが20日、横行結腸がんのため亡くなった。68歳だった。関係者が7日、明らかにした。

告別式は近親者で済ませた。喪主は妻直子さん。近年は、がんで闘病生活を送っていたという。

小林さんは、フランソワ・トリュフォー監督の59年「大人は判ってくれない」を見た15歳の時に映画監督になると決意。高校時代には歌手の高田渡さんに師事し、林ヒロシ名義でフォークシンガーとして活動も。1982年(昭57)年の城戸賞で脚本「名前のない黄色い猿たち」が準入選となり、脚本家の道を歩み出した。

96年には映画「CLOSING TIME」を自主製作し、念願の監督デビュー。ほとんどの作品が、原作のないオリジナル企画で自ら脚本も書いた。05年に、前年のイラク日本人人質事件をモチーフにした「バッシング」がカンヌ映画祭コンペティション部門に出品。07年にはプロデュース、脚本、監督、主演を務めた「愛の予感」がロカルノ国際映画祭で金豹賞など4冠を獲得した。

近年は10年「春との旅」、13年「日本の悲劇」、16年「海辺のリア」と仲代達矢(89)主演の映画を相次いで製作も、長編16作目の同作が遺作となった。